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柏原芳恵

昭和歌謡_其の五十三

「春なのに……心が冷めてく」

『春なのに』

ゲスな輩

ふうむ、当メルマガをご愛読の皆さん。ご機嫌は如何でしょうか?

良いわけないですよね。スミマセン。いやはや、私自身、かなり疲れています。コロナウイルスに? いえいえ、そうじゃありません。

もちろん【それ】もありますけれど、でも私が心底、疲弊してしまったのは、人々が今現在、おそらくは無意識でしょうが、放ちまくる猛烈にネガティブな【気】!! 呪詛とも言うべき、他者への暗くドス黒い情動に対して、です。

ウイルスを恐怖するあまり、自分と少しでも異なる言動をする【見知らぬ他人】を、ネット上で完膚なきまでに叩きのめす!! 罵倒しまくる!! あまつさえ他県からの来訪者を殴る蹴る!! 他県ナンバーの車を見つけると、即座に石を投げる!! フロントガラスに卵をぶつける!! タイヤの空気を抜く!! 「自粛警察」というゲスな輩の、悪辣な言動を、報道で見聞きするにつけ、私の神経がざわつき、自意識が穏やかでいられなくなるのです。

連日連夜の生放送の、特に民放の報道バラエティという番組における、コロナ騒動の扱い方や、レギュラー出演者の発言も、しばらく前から、私を相当に苛立たせています。

「自粛要請が出ていながら、品川駅の改札口では、【まだ】これだけの人が出入りします。3密が守られていません」

何の権限で、巷のあちこちにTVカメラを構えているのでしょう? 【まだ】、【いまだに】、ターミナル駅をふらつく老若男女を、十把一絡げに「不要不急の外出」と決めつけ、「不謹慎極まりない!!」「こうなったらもう、法改正をして、厳重に罰則を設けるしかないですね!!」などと、平気で軽口を叩きまくります。

他ならぬ私なんぞは、公私ともに事情があり、厳戒態勢の巷のピリピリした空気の中、上州は高崎駅と東京駅を、週に1度、往復し続けています。まったくもって「不要でも不急でもない!!」と、自分自身では信じているのですが、そんな姿を、知らずTVカメラに映されりゃあ、各番組のレギュラー出演者の、格好の餌食になりましょう。これで神経が病まないとしたら、よほど脳天気なアンポンタンだけじゃないですかね。

前説はそのぐらいにして、──というわけで、ですね。せっかくリニューアルしたばかりの【こちら】に、昭和歌謡をネタに、気の利いたコラムを書く気力が、正直、まだ湧かないのです。恐縮です。

『春なのに』三題

代わりに、と言ってはナンですが、先日、私が文章を指導している塾での、リモート授業で、柏原芳恵の『春なのに』(1983年1月11日発売/作詞&作曲:中島みゆき/編曲:服部克久&J.サレッス)の替え歌の歌詞を、コロナ騒動に因んで生徒に書いてもらいました。

日本語のリズムの基本である【七五調(五七調)】を、実地に肌で感じてもらうのが狙いですが……。この出来が、私の予想をはるかに超えて、素晴らしかったんですね。

以下、その作品を、当人たちの許可を得て、紹介させていただきます。原曲の歌詞は、以下の通りです。当時あれだけ大ヒットし、今もなお、日本人がカラオケで唄う「春の定番ソング」になっていますので、歌詞など不要な気も? しますが──。

♪~卒業だけが 理由でしょうか
会えなくなるねと 右手を出して
さみしくなるよ それだけですか
むこうで友達 呼んでますね
流れる季節たちを ほほえみで 送りたいけれど

春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
(中略)
記念にください ボタンをひとつ
青い空に捨てます

春なのに お別れですか
春なのに 春なのに……~♪♪

この歌詞の冒頭の ♪~○○だけが 理由でしょうか~♪ のフレーズと、サビの部分の、♪~春なのに~♪ のリフレインだけは、みゆき先生の歌詞を、そのまま生徒にパクらせましてね。それ以外は、すべてオリジナルで、日本語の【七五調】さえ意識してくれれば「あとは何を書いても良い!!」と指示しました。

トップバッターは、この春、某ミッション系女子高の1年生になった、A子チャンの作品。

♪~コロナだけが 理由でしょうか
名前も知らない ウイルスのせい
はじめの頃は 油断していた
すべての予定が 狂い始める
時間だけが過ぎ 解決は まだ見えていない

春なのに 誰にも会えない
春なのに 外出できない
春なのに 春なのに 悲しい想いが とまらない~♪

お次は、晴れて〝お受験〟が成功し、某有名私立中学に入学したばかりの、B子チャンの作品。

♪~うつるだけが 理由でしょうか
外に出れないねと 電話で話し
みんなに会いたい 思いが強く
学校行きたい 気持ちがあふれ
遊びたいけど遊べない 早く終わりにしてほしい

春なのに 遊べませんね
春なのに 課題が出るのです
春なのに 春なのに 気持ちが冷めてく~♪

男子も参戦。都立某高校3年生のC男の作品です。

♪~病床数だけが 理由でしょうか
自宅で待機と 見殺しにして
軽症者との 区別がわからない
軽症者がたくさん 病床に就く
流れる死者報道 横目にして 守れない無念を

春なのに 暗いニュースで
春なのに 理不尽さが目立つ
春なのに 春なのに ため息 またひとつ~♪

どうです? どれも拙いけれども、自分が今、置かれた状況を、それぞれの言葉で切実に訴えています。全国の〝こういう〟声を聴いてもなお、この国のトップは、「まだ(濃厚感染のリスクが)8割まで減っていない!!」と主張するのでしょうかね。

B子チャンは、この春、憧れの制服を着て、生まれて初めての電車通学をする日を、心待ちにしていたのです。この課題をやらせている最中に、ぽつりと彼女はぼやきました。「先生、クローゼットの中で、ハンガーに吊るされたままの制服がね、なんか淋しいそうだよ」と。

そんな情動もあってでしょうか、歌詞の結びを【気持ちが冷めてく】と表現してくれました。「それを言いたいなら、『冷めていく』が正しい日本語だよ」と、かりにも講師の私は指導すべきでしょうが、あえて直しませんでした。

この歌詞は「冷めてく」だからこそ、13歳の彼女の、リアルな本音が表出されるのですね。歌詞を含めた詩歌全般、常に日本語の文法通りである必要など、ありません。本人が「そう書きたい!!」というモチベーションがすべてです。

同様に、C男の書いた「守れない無念を」というフレーズも、もう1つ意味が判然としませんけれど、でも、その他人には【よくわからない】感覚こそが、彼のオリジナルなクリエイティビティに感じます。

オリジナルといえば、中島みゆきが書いた歌詞の【よくわからない】感覚は、デビュー当時から有名でしてね。超ビッグ・アーチストになってしまえば、その【よくわからない】感覚こそ、彼女の専売特許、最大の売りになるのです。

原曲の『春なのに』の歌詞の中にも、私が以前からずっと、気になるフレーズが1ヶ所あります。

♪~記念にください ボタンをひとつ
青い空に捨てます~♪

片想いの恋に破れて、もらったボタン(第2ボタンかどうか、知りませんが(笑))を、衝動的に【捨てる】という気持ちは、わからないでもありませんが、【空に捨て】てしまったら、落ちて来て、また自分の元に返って来ますよね。

この意味が、男の私にはどうしても???だったのですが、先に挙げたA子チャンが、教えてくれました。

「捨てたい!! っていう想いも、でも、やっぱりずっと大事にしたい!! って想いも、どっちも本音だからじゃない? だから、海や川に投げ捨てるんじゃなくて、空に【捨てた】んでしょ」

ほぉ、なるほど。鋭いA子チャン。そうかそうか、だから【空に捨て】たのか……。自分の娘よりも、よほど若い世代の彼女に、1つ、教わってしまいました。

大の大人の政治家どもが、無し崩し的に次々に要請してくる、あまりにも愚かしい「新しい生活様式」に、無理やり従わされつつ、どっこい、子どもたちは、新鮮な発想の芽を汚されず、潰されず、彼らなりの可能な範囲で、喜怒哀楽を発露しているようですね。

そのことが判っただけでも、私は、ほんの少し、安らかな心持ちになりました。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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